No Future:A Sex Pistols Film

「The Great Rock'n'roll Swindle」でマルコム・マクラーレンの意向を表現した監督のジュリアン・テンプルは、この映画で、Pistolsも真っ当なバンドの苦悩があったという事実を淡々と描くことで落とし前をつけておりました。あるいは双方からの主張を描写して対をなす作品を作ったと言えます。
つくりも「The Great Rock'n'roll Swindle」とはまったく違うオーソドックスなドキュメンタリーで、彼の音楽映画は他にジョー・ストラマーの追悼映画を観ましたが、中でもこの「No Future」が最もタイトな映画だと思います。

映画公式(シネセゾン渋谷)
Barks特設ページ

この感想文は、間違って消してしまった記事を下書きから再現させたものです。映画そのものは現在、大阪でレイトショー上映してると思う。
感想の続きは以下!


DVDにはライドンのインタビュー特典が入ってるよ

photo
ノーフューチャー デラックス版
セックス・ピストルズ
クロックワークス 2001-06-29
今中古のみで6000円超というありえない値段がついていますが廃盤ではないはず。その内入荷すると思う。

インタビュアーがグダグダなのにちゃんと雄弁でいい人だよ。

最初、Pistolsバイオをさほど知らない状態で観たので普通にバンドに感情移入できたんですが、その後ジョン・ライドンの自伝を読んだり、件の「The Great Rock'n'roll Swindle」を観たあともう一度観たときは面白さ格別でした。
曲を聞けばわかることだけど、充分ツボを押さえたいい曲が多く、ロックンロールないいバンドなんだけれども、本人たちもそれを自覚した真っ当な向上心のあるバンドだったことがはっきりしたりして。
なのになぜそんなに短い間にそこまで疲弊してしまったのか。状況のあまりのひどさが真に迫ってきてがーんとしましたよ。

ここでもやっぱりマルコム・マクラーレン

多くのバンドドキュメンタリーの例にもれず、絶頂時の全能感と解散寸前のどん底時代の対比のすさまじいこと。
このバンドのメンバー外の重要人物というと、マネージャーのマルコム・マクラーレン。ほとんど何もわからん子供をダマしてコマして無茶苦茶にしたって感じ...だが、その影響力は強い。
ともかくも、この人の無責任なおふざけがPistolsのイメージに大きな影響を与えた。あの元祖パンクファッションも、当時マルコムの嫁さんだったヴィヴィアン・ウェストウッドのものだし(ジョンは、そもそもジョンが古着を工夫して着ていたののパクリと主張している。ちなみに当時からジョンとヴィヴィアンは犬猿の仲。)、解散後も、マルコム主導の「The Great Rock'n'roll Swindle」のイメージが世間にPistolsとパンクのステロタイプを与える。

でも、何よりも大きな影響は、バンドを解散させた遠因というか直接の原因ということかなあ。あくまでも意図的じゃなく、自分がたてたブラフ(ハッタリ)に呑み込まれたって感じなのではないかと思う。

シャレで済んでればよかったけど、最後のアメリカツアーの頃は事態が悪化しすぎてもまだフザケやまず、トドメの事件を経てバンド崩壊。
お金を渡されず食べるものも食べられなくて虐待されていたジョニー、らりって暴れることだけを期待されていたシドの二人は無一文でアメリカに置き去りにされ、スティーヴとポールはひよってマルコム側についてゆき、映画製作に駆り出されるのだった。スティーヴは割にノリノリで出演してた。

ジョンは、自伝の中で、勝手な話を載せてタブロイド新聞の部数をあげたマスコミ、それを買い、嫉妬を隠して彼らを揶揄し続ける思慮浅いスノッブな中流階級を生み出した制度全体をも攻撃する。
マルコムが俗で共感能力に欠けた中産階級の象徴なら、シドの死もある種の象徴。映画の中での彼は、シドの死を売り物にしたやつらを永遠に憎むという。その言葉は、マルコムだけではなく、彼が攻撃し続けた敵すべてに発せられている言葉のようだ。
今も象徴として金に変え続けられるシド、そしてPistols。そういう意味では、ここまではマルコムのセットかもしれない。

あの頃俺らはバカでした。だが時が戻るなら、とは言う気もない

シドはともかくも、彼らが並の子供ではなかったにしても、さすがに無傷でいられるほどには場数を踏んではいない。もう少し大人だったら抵抗の術もあったんじゃないかなと思ったりね...
スティーヴとポールはジョニーに気兼ねしながらもマルコムに逆らえなかったこと、ジョンはマルコム抜きでやりなおそうと言ったのに、それを断ったことを後悔していると心情を吐露する。
「俺はジョンといると疲れる。彼が正しいことは分かっていたが、すべてがいやになって俺は逃げた。ジョンに謝ったよ。俺は後悔してる」
スティーヴのこの台詞の無念の響きを聞いて、アホのいくじなしと責められる人間があろうか。心の中でも姦淫したことがない者だけがこの女を打てですよ。個人的にいちばん来ました。時はもう戻りません。
ジョンは、脱退後すぐにPiLを始め、有能な弁護士と出会い、マルコムに対して訴訟を起こして8年の闘争の末、バンド全体に権利を取り戻した。その間の PiLでの活動でも、昔の名前を打ち消すべくとてつもない苦労をしたろうし、初期の歌詞にはPistols時代のことを歌っていると思しきものも。
そして、このバンドの権利問題という訴訟ネタに、イギリスのマスコミは全く興味を示さなかったという。
それが、誰が誰を搾り取っているかを示す証拠だとジョンは言う。

1994年に出版されたジョンの自伝以来語られて来たバンドの真実だけれども、それを残った4人(グレン・マトロックも)の肉声で聞けるのが貴重だ。

虚実を越える史上初の青春パンク

過激で陽気でファッショナブルでクソガキな、毒々しい恨み節を歌うパンクという名のアイドルバンド、Sex Pistols。
そして、彼らの手持ちの札いったら、アナキストになってぶちこわしたかった英国、貧しいワーキングクラスの生まれ、そしてマルコムというしょーもないマネージャーだけ。負債もまた財産としか言いようのないこの札で戦うしかなかったという感じがとてもする。人生訓だ。
あ、でも、英国においてワーキングクラスであるということは、アイデンティティの形成において強固な基盤であることはよく伝わってきて、そのためにマイナス要素だけではもちろんない。日本の中流幻想ど真ん中で育った私などには、その逞しさは憧憬の対象だ。
そんな恨み節は、世間の痛いところをついていいセンいったにも関わらずあっさり崩壊、シドの死を経て、最初にあったちょっとコミカルな魅力は消え失せ、その後の「ロックバンドの悲劇」のお手本になってしまった。

全てがマルコムのせい(あるいは手柄)なのかといったらそうではない。 本人たちの中に、マルコムさえいなきゃちょっとは、と思ってる人はいない。それぞれにジョニーが愛想を尽かした時、スティーヴらが判断を誤った時、グレンを追い出した時、シドの手を離した時に終わったと、みんなが思っているようだ。マルコムの悪さに対抗できるほど、自分たちに経験もなく無力だったことが最大の怒りのように見える。
「あの時結束を緩めてはいけなかったんだ」とジョン。

札がないならより高い札とトレードするためリスクを取らなくちゃいけない。楽器が演奏できるように練習するとか。厳しい決断を自分のために下すとか。変なオヤジを排除して自主的にやれるよう努力するとか。そういうレベルの話なんだけど、わかんないじゃないですか、若いと、そういうこと。少なくとも Pistolsではジョンしかちゃんとは分かってなかった感じ。
だからジョンは、きっと手に余っただろうシド、彼がバンドを一緒にすべきだったというシドの手をはなしたことを後悔し続けるという。スティーヴは悟るのが一足遅かったから、失ってはいけないPistolsを失ってしまった。(※01

こういう率直な話をしたことで、金に換えられ続ける象徴を破壊してマルコムからセットを奪いかえした、というかマルコムの土俵を降りることができたのかなーとも...。娯楽番組に出たり、再結成ツアーをしたりということも、虚像を打ち壊す作業にもなったろうし。誰がデッドホースじゃおんどれ、的に。

さらに色々越えて残るもの

映画は、物語のような悲劇の実も蓋もない現実を書いて終わるが、パンクは未だに続く。世間に目を向ければ、「The Great Rock'n'roll Swindle」は、やりっぱなしとか、ようわからんデカダンな美学のために他人を利用したとか、偽悪・露悪的イメージをクールなパンクのイメージとして 定着させた感はあるけれど、その後パンクはどんどん伝播して規模が大きくなってそれだけでもなくなった。
音楽性をいえば、80年代のアンダーグラウンドひとつとっても、孫、ひ孫ジャンルがどんどん細分化され、それらがスタイルとして消費されていく。
もう少しイメージとかアティテュード的なものをいえば、昨今パンク的といわれるものは、観客との垣根のなさやアマチュアリズム、他人に左右されず意思を強 く持つ、ひよらない、といったことのほうが大きい。現実には、アティテュードなどと肩肘はらずともそういうことをやってるバンド(や人)は多く、もうパンクを名乗る必要もない。
それらは30数年前にPistols自身が目指したり、反面教師になったりしたことで、ポーズではなく、本気でそういうことを遮るものに対して不満と大ネタをぶちかました最初の、いや唯一のバンドだったんだぜ、今どきの若いもんと一緒にすんなや、とオッサンたちは永遠に自慢し続けることであろう。

ライブを観れたあとにまた観て、また面白さ格別な、そんな感想です。

■#01:ポールはポールで色々だったらしい。この映画では最も冷静で、ジョンとマルコムは似た者同士だから角を突き合わせたんだという発言も。
ジョンと酷く対立したグレンも色々で、この映画はジョン視点のものだからというインタビューもあった。
スティーヴとジョンは恩執を越えて認めあう仲らしく、互いのいないところでなら讃えあっているという印象。
ただ、何度も再結成を繰り返してる今は意外にも結束は固いとか。昨年ジョンのお父さんが亡くなったときもメンバーが支えたという。

こんなNo Futureのその先は、不思議なものだと彼らは思っているだろうか。ベルリンの壁ももうない。すべては、いつもどこか思いもよらぬ方向へ流れている。

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