「西遊妖猿伝」双葉書店版と潮出版版の違いについて

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今はネットというものがあるせいか、何か本にハマっても、版によって修正があるということを一発で調べられてしまいます。
そこで、どんな意図でどのような変化が起きたのか、この目で調べなくては気が済まなくなってしまいました。

「西遊妖猿伝」で主に違うのは以下。

■五行山の秘密と金箍棒の由来
旧双葉版:
白雲洞の謎の文字の読めない部分の神の名前はハヌマーン (ヒンドゥーの猿の神の名前そのまま)
潮版:
同じく神については「猿の神」とだけの記述。 天竺についてからの展開で、当の神はハヌマーンではなくなるのか、 それともこの段階では名前は明かさないだけか?
■金箍棒と銀箍棒
旧双葉版:
棒は最初から竜児女が持っている金箍棒のみで、悟空はその死後に譲り受ける形になる。
潮版:
白雲洞の中に気が渦巻いている水場に金箍棒と銀箍棒が二本つきたっていたものを、 竜児女は修行によって銀箍棒を師匠から与えられたと語る。
この金箍棒の由来に関しての部分が、下に書く竜児女の内面とあいまって最も加筆されているページ数が多く、金箍棒を持つ宿命の悟空が特別な存在だということががっつり語られます。 これに併せて竜児女と柵の上での棒術の修行の描写や、金箍棒を持てない竜児女の羨望や過大な期待をかけられてひねくれる悟空の描写が増える。
■竜児女の挙動、というか性格?
旧双葉版:
水浴びのあと悟空にハダカでまとわりつくあぶないおねえさん(笑) 悟空も初々しく照れたりしてます。
ここで、竜児女の額の金輪は取り外し可能なことが語られる。
潮版
悟空が金輪を取り外している竜児女の水浴びを見てしまう。
そのあと取り外し可能なことを知っているとうっかり言ってしまい、「のぞいてる暇があったら修行しろ」と怒られる。
また、竜児女が、金箍棒がつきたっている水浴び場で独白するシーンが多数入り、悟空が大聖に選ばれた存在である一方、自分はそうではない、と苦悩する内面が語られます。
双葉版では、このあと絶望した竜児女が悟空と一緒に寝たあとのシーンで初めてその心境が語られるのですが、そこらへんを前々からじっくり描いた感じです。
また、悟空が金箍棒を取ったあとの五行山を、おそらく出て行くことを予感して自分の役目が終わったことを実感するいうシーンもある。
■銀角に攫われたあとの竜児女と、金箍棒を取る悟空
旧双葉版
竜児女が攫われている最中のことは描かれない。悟空は、銀角に攫われた竜児女が落とした金箍棒を戦闘のさなかに偶然拾って戦う。
その後、白雲洞で通臂公の壷の透視術で、竜児女が銀角に乱暴されているのを見てしまう。そのまま金箍棒を取って銀角に復讐へ。
潮版
攫われた竜児女は銀角に乱暴されそうになるが、難を逃れる。ひとりで閉じ込められている時、壷の透視術で悟空の危機を知り、自分の金輪を壷越しに悟空の元に落として悟空を助け、金輪を失う。それによって悟空が手にして戦うのはもちろん金箍棒ではなく銀箍棒。
その後、白雲洞で通臂公の術で竜児女が銀角に乱暴されるのを見てしまうが、これは悟空の怒りを誘うための通臂公のウソ。
悟空は白雲洞に降りてゆき初めて金箍棒を手に取り、銀角に復讐へ。エクスカリバー。


竜児女の死後、すべて失った悟空は「では金箍棒は?」と死霊に追求され、金箍棒をその墓標として置いて来たことを回想するというシーンもある。「そんなこと知るもんか」超かっこいいシーンで震えたー。
■唐軍に捕えられた悟空と竜児女の首実検
旧双葉版:
まんま竜児女の首が悟空の前に曝され、激怒した悟空は牢を破壊、脱獄。刀に恨みのあまり食らいつくのも竜児女の首。 こっちの凄惨な竜児女のほうが、反乱軍首領(?)としてのプライドが感じられた。
潮版:
悟空に宿を貸した少女の首が曝され、刀に食らいつく。父親に突き出されたというヒドい事情が語られて悟空激怒、脱獄。
こっちはこっちで市井の人がえらい目に遭って恨みを残すというエピソードかも。
■[虫盧]娘(るーにゃん)と七仙姑
旧双葉版:
ルー娘は悟空を追って来た紅孩児に納屋を焼かれ、あっさり焼き殺される。
潮版:
蜜娘は蜂蜜売りになって、蜻娘、蜡娘と旅に出る。 ルー娘は火のついた納屋から虫に攫われ、その場から消える。秦嶺山の中に連れてこられ、死んだ筈のほかの七仙姑や に出会い、仙女になる。

大きな変更は以上です。
竜児女は、全般に双葉版のほうが威勢がよく明るく、最後首になるシーンも込みで講談にもなりそうな伝説の賊の女首領といった風情です。
潮版は、斉天大聖にはなれないという苦悩の内面が語られ、そこに恋する女らしさがかぶさる感じで、陰影は深まったけど、悟空が目覚めるための犠牲の運命というところがかわいそう。大人っぽいです。

七仙姑はどう考えても潮版のほうがいいですね。伝説になった七仙姑。
双葉版は、「なんでルー娘を殺した!」と悟空が怒って紅孩児と大げんかしてさっぱりしたら、ルー娘を忘れちゃった感じで、ひでー!と思ったので(笑)。

やはり、連載中に話の流れを重視していたのか、あまり描かれなかった各キャラクターの顛末を、潮版でしっかりフォローしたという感じで、群像劇的な展開が増えてるとも言えるかも。
その分、話のスピード感は双葉版のほうがあり、でも、潮版を先に読んだわたしには、加筆の詳しい話を2ちゃんねるの過去ログで読むまで気がつきませんでした。
よく見ると、もちろん絵柄は変わっているし、悟空なんか河西回廊編の大きな頭身で描かれてるし、コマも大きく描かれていたんですが...つなぎが見事すぎてかわたしが粗忽なのか、違和感はないです。

次は「マッドメン」の代表的な版を読み比べてみたいな。

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このページは、kaollyが2008年7月21日 06:29に書いたブログ記事です。

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